SPECIAL/スペシャル

『姉なるもの』×『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』

『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』の著者・井中だちま先生が、お姉ちゃんとお母さんが交差する夢のコラボ小説を書き下ろしてくれました。両作品のファンのみなさま、お楽しみください。

 

スペシャルコラボ小説!
悪魔の姉と無双のお母さんが作ったご飯を食べますか?

著/井中だちま イラスト/飯田ぽち。

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 まずはお互いに敵意がないことを明確にして、何より敵対関係ではないことを入念に確認し合って。
 簡単に自己紹介を交わしたところ、黒山羊女性は千夜、少年は夕という名前らしい。
 だがひとまず話はそこまで。立ち入りを禁じられている蔵に居続けるのはよくないとのことで、真人たちはとりあえず外に出た。
 それでどうするか。必死に思案していた夕が恐る恐る話しかけてくる。
「えっと……そ、それじゃ、縁側でちょっとだけ待っていてください。何か飲み物を持ってきます」
「あら、いいのよ。どうぞお構いなく」
「お。気が利くじゃんか。できれば……っと!?」
 冷たい飲み物でよろ、とかうっかり言いそうになったが「何か?」「い、いえ、何でも……」千夜の触手が真人をロックオンしているようなので、厚かましいのはやめておく。
 明らかに警戒している様子の千夜に付き添われ、夕は家の中へ入っていった。二人を見送った真人と真々子は日陰になっている縁側に腰を下ろす。
 日陰とは言え、うだるような暑さだ。何より湿気がきつい。たまに吹く風も、もったり生温くて、不快感しか与えてくれない。
「あっちー。モロに日本の夏って感じだな」
「そうね……家も立派なお屋敷で……ここは日本なのかしらね」
「そうだな……」
 庭に目を向けると、松の木などの庭木があって、物干し台があって、垣根があって。
 縁側から家の中を覗かせてもらうと、畳に襖(ふすま)、天井には紐を引いて点灯させるタイプの和風蛍光灯が吊り下げられている。
「ふむ……どう見ても日本……てことは、俺たちはどこか別の世界に移動したわけじゃなくて、単にゲームの中から出ただけなのか……いや、でもなぁ……」
 簡単にそう結論付けていいものか。真人は迷う。
 どうにも納得できない部分があるのだ。
「(あの千夜って人……ていうか人じゃなくて、どう見ても悪魔だもんなぁ……)」
 姿だけならコスプレという解釈でも通用しそうだが、千夜の髪は触手化して確かに動いていた。完全に人間ではない。日本にあんな異形の存在がいるはずがない。
 だとしたら。
「なあ母さん。もしかしたら、ここはやっぱゲームの世界で、これはクエストだったりする可能性もあるんじゃないか? 少年を惑わす悪魔を倒せ的なやつでさ」
「悪魔? どこに悪魔がいるの?」
「思いっきりいただろ! あの千夜ってお姉さんだよ! 自分でも『そう呼ばれることもあるわ』って言ってたじゃんか! 本の整頓に夢中で聞いてなかったのかよ!」
「千夜さんが悪魔……んー……」
 真々子はじっくり考えて、いつも通りにっこりと微笑みかけてくる。
「変わった姿をしていたけど、大丈夫よ。だって悪いお嬢さんには見えなかったもの」
「悪魔すぎる姿をこれでもかと見せつけていたはずなんですけど!?」
 悪魔がどうのこうのよりも、むしろ母親の目の方がとても心配になってしまうところなのだが。
「お待たせしました」
 夕がピッチャーとグラスを載せたお盆を手にして戻ってきた。グラスの中でゆらゆら揺れている氷が見える。どうやら冷たい飲み物を持ってきてくれたようだ。感謝感激。
 とまあ、そっちはいいのだが。
「あ、あれ? その人は……」
 夕の傍らには女性がいる。顔は間違いなく千夜なのだが、先ほどのような黒山羊スタイルではなく、ワンピースを着た人間風の姿をしている。どう見ても人間だ。
 もしかして別人かと思ったが……
「あ、えっと……お姉ちゃんは、普段はこんな感じです」
「あ、ああ、そうなのか……」
「先ほどの姿をお望みかしら。だったら、あなたの大事なものと引き換えに、その望みを叶えてあげてもいいのだけど?」にっこり
「いえ、結構です。そのままのあなたでいてください」
 千夜の微笑みは、間違いなく悪魔のそれだった。真人は謹んで遠慮させてもらって。
 とにかく夕からグラスを受け取り、まずはじっと見つめる。中身は何だろうか。茶色い液体だ。悪魔特製の薬物が混ぜられている恐れもある。ここは慎重に……
「あら美味しい」ごっくん
「ちょっ、母さん!? 警戒せずに飲んじゃダメだろ!?」
「だ、大丈夫ですよ! 別に変なものは入っていませんから! 普通の麦茶です!」
 夕は真人の前に正座して、グラスの中身をごくごく飲んでみせてくる。「ほら、何ともありません!」「あ、ああ……じゃあ……」真人も恐る恐る一口。
「……あ、これ美味いわ」
 麦茶だ。火照った体に嬉しすぎる冷たさがしみる。二口、三口、全部飲み干しても体に変調は起きない。全然普通の麦茶だったようだ。これは一安心。
 真々子も喉が渇いていたのだろう。早くもグラスが空だ。願わくばもう一杯ずついただきたいところだが……
 真人がそれとなくピッチャーを眺めていると、千夜が声をかけてきた。
「随分と喉が渇いていたようね。おかわりはいかがかしら」
「あら、いいですか? それじゃお願いしようかしら」
「じゃあ俺も。遠慮なく……」
 二人そろってグラスを差し出すと、千夜はピッチャーを手にして真々子のグラスに麦茶を注ぎ、真人のグラスには触手から滴る謎の液体を「いややっぱり俺もうお腹いっぱいです」とっさに辞退させていただいた。
 何だろう。敵視されているとは言わないまでも、真人だけものすごく邪険に扱われている気がする。
「(この扱いは一体……はっ……もしかして!?)」
 千夜は悪魔。真人は勇者。両者は相容れぬ存在。
 だから千夜は真人を警戒している?
「(そうか……そういうことなのか……俺は今、勇者しているわけか!)」
 母親という強大な存在が同伴してくれているおかげで、勇者でありながら活躍の場が非情に乏しいという真人である。ちゃんと勇者したことなんてない(断言)。
 だが今この瞬間は、勇者として悪魔と対峙している。悪魔が真人を勇者として見てくれているのだ。どうしよう。何だか嬉しすぎて泣きそう。
 でも泣いてはいられない。ならばこそ、今こそ立ち上がる時。真人は密かに剣の柄を握り、悪魔による悪逆非道の数々を夕から聞き出そうと……
 と思ったら、先に真々子が夕に話しかけた。
「ねえ夕君。夕君はこの家で千夜さんと一緒に暮らしているの?」
「おい母さん。今まさに俺がそういう質問しようとしてたんだけど。……で、どうなんだよ夕君」
「あ、はい。そうです。ここはおじさんの家なんですけど、おじさんは入院中で、お姉ちゃんと二人で暮らしています」
「あらそうなの……」
「おじさんが入院? これはいよいよ怪しくなってきたな……んで? 他に何かおかしなことが起きたりとかは?」
「おかしなことですか?……え、えっと……特にはない、と思いますけど……」
「いやいや、そんなわけ……」
「うふふ。何が起きても大丈夫よね。だって夕君には素敵なお姉ちゃんがいるもの」
「いやそのお姉ちゃんが……」
 一番要注意だろと、真人がツッコミを入れるよりも早く。
「その言葉、本当かしらっ!?」
 千夜がいきなり声を張り上げて、「へぶっ!?」真人を触手で押し退けて、千夜は真々子に飛びついた。真々子の手を取り、キラッキラに輝く笑顔で問いかける。
「真々子さん! この私が、夕くんの素敵なお姉ちゃんだと、本当にそう思ってくれるの?」
「ええ、もちろんよ。千夜さんはずっと夕君に寄り添っていて、夕君も、お姉ちゃんお姉ちゃんって、とっても慕っているみたいだもの。理想的な姉弟だわ」
「理想的! まあ、なんてことなの!……私は夕くんのお姉ちゃん。夕くんも私をお姉ちゃんと呼んでくれて……さらに他のヒトからもお姉ちゃんだと認められるなんて……こんなに嬉しいことはないわ!」
 千夜は嬉しさを爆発させて、勢い余って黒山羊お姉さん化して、触手を体操競技のリボンのように華麗に舞わせて小躍りしちゃって。
 で、ピタッと止まった。
「はっ、そうだわ! 私はお姉ちゃんとして、どんなお客様でもちゃんとおもてなしするべきだわ! お姉ちゃんならそうするべきよね! ね、夕くん!」
「あ、はい! そうですね! おもてなしができるお姉ちゃんはすごいと思います!」
「やっぱりそうよね! じゃあさっそく準備よ! そろそろお昼ご飯の時間だから、とびきりのご馳走でおもてなししましょう!」
「あら、そんなに気を遣わなくてもいいのよ? 私とマー君はすぐにお暇するから……」
「そうはさせないわ! 私がいかに夕くんのお姉ちゃんであるか、それを味覚でも知ってもらわないと! 私が間違いなくお姉ちゃんであるために!」
「あらそう? それじゃお断りするのも失礼でしょうから、お言葉に甘えさせてもらうわね。私も何かお手伝いさせてもらうから」
「それじゃ、まずは食材を集めに行きましょう! 夕くん! 真々子さん!」
「はい! 向こうの庭に菜園がありますから、まずはそこで野菜を収穫しましょう!」
「食材集めの冒険ね。楽しみだわ。うふふ」
 千夜と夕、それに真々子も。三人は連れ立って意気揚々と駆け出して。
 でもって、縁側にぽつんと一人。
「俺を差し置いて、母さんが何か言い出して、事態がおかしな方向に動き出す……ははっ……ああそうだよ。いつもこうだよ。そして勇者でリーダーであるはずの俺は放ったらかしさ……ちくしょうっ!」
 愚痴りながら手酌で麦茶をぐびぐび飲んだくれる真人だった。「マー君も早くいらっしゃーい」「わかってるよ!」飲んだくれつつも呼ばれたらちゃんと行く勇者だ。


 夕のおじさんの家は、母屋があり、離れ家があり、蔵もあって、さらに敷地内には立派な庭もある。地主か旧家か、とにかく広いお屋敷で。
 夕の案内に従って庭伝いに進み、母屋の角を曲がると、そちらにはちょっとした菜園まであるのだが……
「えっと、ここなんですけど……」
 ちょっと戸惑っている様子の夕が紹介してくれた菜園は、一言で言って、元気がない。
 育てられているのは、トマトやナス、カボチャなど。地面に埋まっている根菜も含めるとかなりの種類があるようだが……いずれも葉や茎がぐったりと垂れている。野菜自体も瑞々しさがなく、表面がシワシワだ。
「えっと、夕君。大変失礼なんだが、どれもこれも萎れまくってるな」
「そ、そうですね……最近の暑さにやられちゃったのかな……」
「困ったわね。こんな野菜ではおもてなしのご馳走が作れないわ。夕くんのお姉ちゃんとして最高の料理を作りたいのに……」
 菜園にあるのは食材として使えない野菜ばかり。真人も夕も、何より千夜がとても残念そうだ。「こうなったら、どこかから植物っぽいものを調達するしか……」「それはやめましょう!」夕が何やら必死に止めているようだが。
 そんな時。
「大丈夫よ。任せて」
 真々子が穏やかに言って、双剣を抜いた。
 右手に握った大地の聖剣テラディマドレの切っ先を地面に向け、左手にある大海の聖剣アルトゥーラを高らかに掲げて、そして願う。
「母なる大地よ、母なる水よ……あなたも母なら、私の気持ちがわかるわよね……千夜さんがみんなのためにご飯を作ろうとしているの……私もね、一生懸命頑張るお姉ちゃんと一緒にお料理をしたいの……この気持ちをわかってくれるのなら、どうか力を貸して!」
 真々子の温かな願いに呼応し、二振りの剣がその力を解放した。
 赤い輝きを放つテラディマドレから菜園の土へ、あたかも農作物活性剤のような力が注ぎ込まれ、蒼い輝きを放つアルトゥーラからシャワー状に水が噴き出し虹を描く。大地の活力と水、二つの力が菜園を隅々まで潤して……
 萎れていた野菜たちは瞬く間に瑞々しさを取り戻した。ナスもトマトも張りと艶が完璧のぷりっぷり。カボチャもふっくら肉厚でごつごつだ。
「うふふ。これでどうかしら」
「わあ! 真々子さん、すごいです! 魔法みたいです!」
「豊穣に、水……真々子さんは不思議な力を秘めた剣を持っているのね……水の剣は〝深きものども〟の宝か何かかしら……」
「おいおい、ここでも母さんのトンデモが発揮されちゃうのかよ……じゃあやっぱここはゲームの中なのか?……ていうか、あれ? なんだ?」
 夕と千夜が真々子を称賛している、その傍らで、菜園の地面がわずかに蠢いている。
 真人がじーっと見つめていると、次の瞬間、土の中からボコッと、ニンジンが顔を出した。慣用表現ではなく、マジで顔だ。
 目と口があって、おまけに細い手足まであるニンジンがもがき出てくる。一本だけではない、次から次へと……さらに隣の畝からは人面手足付きジャガイモも這い出て来るようで……
「ちょっ、ちょおおおおおっ!? 勝手に出ちゃいけないのが出てるううううっ!?」
「あらあら、元気なニンジンさんにジャガイモさんね」
「おい母さん!? 元気とかそういうことじゃないだろ!?……おい夕君! あれって!」
「す、すみません! たまにああいうのも採れちゃうんです!」
「たまに採れるの!?」
「夕くんと一緒にシーフードサラダを作った時以来かしらね……とにかく食材になるために現れてくれるのは好都合だわ。収穫しましょう」ズズズ……
 黒山羊化した千夜が触手を伸ばし、四方八方へ逃げ惑うニンジンとジャガイモを次々に捕まえていく。
 触手をかいくぐってちょこまかと逃げ続けているやつもいるが……そこは真々子が。
「ちょっと可哀そうな気もするけど、お野菜だものね。えいっ」
 真々子はテラディマドレを振り抜いた。すると周囲の地面から石でできた刃が大量に突き出て、疾走する野菜たちの手足を丁寧に削ぎ落とした。すかさず触手が回収。
 それだけでは終わらない。さらに真々子のニ撃目。
「それじゃこっちも。えいっ」
 真々子は菜園に向けてアルトゥーラを振り抜いた。すると剣の軌跡に水が発生し、水弾となって放たれ、茎にぶら下がっているトマトやナスを上手に切り落としていく。収穫目標に対する真々子の全体攻撃だ。切り落とされた野菜も、千夜の触手が見事に確保して。
 剣を鞘に収めた真々子と、触手でたくさんの野菜を抱えている千夜は、二人そろって。
「ナイスキャッチね、千夜さん」にっこり
「真々子さんこそ、お見事ね」にっこり
 とても満足そうに微笑んで互いの健闘を讃え合う二人だ。
 そんな母と姉を遠巻きに眺めているしかなかった息子と弟は「女性が強い時代だな」「そ、そうですね」すごく違う気がするけど、とりあえずそう言っておくしかなかった。
 兎にも角にも。
「千夜さん、これでお野菜の調達はばっちりね」
「そうね。まずはこんなところで……あとはお肉だけど……」
 二人が何を作るつもりなのかはさておき。真々子と千夜が次に求める食材について話し合っていると。
 ……ゴゲーッ! ゴゲゴッゴーッ!……
 どこからか鶏のような鳴き声がかすかに聞こえてきた。鶏にしては少々荒々しい気もするが。
「あら。千夜さんたちは鶏を飼っているの?」
「いえ、そんなことはないけど……鳴き声がするのは蔵の方……もしかして、また余計なものが喚び寄せられたのかしら……ふふっ。これは好都合だわ」
 用意されていた竹籠に野菜を預けて、千夜がゆらりと歩き出す。


 蔵の地下室。真人たちが出現したその場所に、何かいる。
「ゴゲエエエエッ! ゴゲゴッゴオオオオッ!」
 けたたましい鳴き声を上げる何かだ。
 鋭利な爪が生えている四本の脚で床を踏み鳴らし、とさかを天井にこすりつけ、胸に生え揃っている触手を威嚇するように広げている何か……
「あらまあ、大きな鶏だわ」
「つまり鶏肉ね。期待通り」
「ちょっと待て!? これ鶏じゃなくね!? 胸に触手生えてるよ!?」
「ぜ、全体的には鶏ですけど、どう考えてもこっちの世界のじゃないです……」
 異形で巨大な鶏。鶏っぽいものだ。
 どう考えても食用ではないというか、お願いだから食用にしてほしくないのだけど……姉と母が何か言っている。
「では手早く調達しましょう」
「そうね。もうそろそろお昼だから……でも、困ったわね……食用に加工されていないとなると、下ごしらえにすごく手間がかかりそうだわ……」
「大丈夫。ここは夕くんのお姉ちゃんである私に任せて」
 千夜は軽やかな足取りで鶏っぽいものへ歩み寄っていく。
 その貌に、甘く昏い愉悦に満ちた笑みを浮かべて。
「自らが絶命する瞬間を味わえるよう、ゆっくりと絞めてあげましょう。そして亡骸から羽を毟り、体液を一滴たりとも残さず吸い上げて、上等な食材にしてあげるわ。ふふっ」
 言葉を違えることなく、触手は緩やかにまとわりつき、「ゴゲッ!?」うろたえる鶏っぽいものをゆっくりと……
 そこからは、見ちゃダメだ。
 ……ゴゲエエエエッ!? ゴギッ! ブチブチブチッ! ジュルルルルル……
 とか何とか聞こえるけど、見ちゃダメだ。
 真人と夕は、壮絶な物音に背を向けて、ひたすら壁と向き合う。「この地下室の壁は味わい深いな!」「そ、そうですね! 不思議な感じがします!」鶏っぽいものが食用に加工されていくところなんて、誰も直視できるわけがない……
「あらまあ、とっても手際がいいわね。千夜さんは食肉加工のお仕事をしていたことがあるのかしら」
 真々子が全然大丈夫そうに何か言っているが、真人と夕はやっぱり見ないようにしておいた。……生物ではなく食品だと割り切ると、母親はとっても強いのである。

 

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