SPECIAL/スペシャル

『姉なるもの』×『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』

『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』の著者・井中だちま先生が、お姉ちゃんとお母さんが交差する夢のコラボ小説を書き下ろしてくれました。両作品のファンのみなさま、お楽しみください。

 

スペシャルコラボ小説!
悪魔の姉と無双のお母さんが作ったご飯を食べますか?

著/井中だちま イラスト/飯田ぽち。

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 そうして、いよいよだ。
 おじさんの家の台所にて。微妙に動いているように見えなくもない野菜たちと、部分的にはちゃんと鶏肉っぽい肉を並べて、さらに大きな鍋などの調理器具を用意して。
 調理台の前に立つのはこちらの二人。
「それじゃ千夜さん、始めましょうか」
「ええ。【料理】ですもの。余すところ無く調理してみせましょう」
 千夜は髪の一束をもたげて、その先端を包丁に変化させ、ニンジンやジャガイモを絶妙な一口サイズに切っていく。髪包丁は切れ味抜群。
 一方の真々子は自ら進んでアシスタントに徹している。これはお姉ちゃんのおもてなし料理だから。千夜がカットしやすいように、硬いカボチャの皮を聖剣でシュルルッと切り剥いて、まな板が空いたところを見計らい、さりげなく渡して。
 姉と母のコンビネーションは完璧だ。料理は順調すぎるほど順調。
「やっぱり千夜さんは手際がいいわねぇ……どこかでお料理を習ったの?」
「テレビのお料理番組を見てヒトの文化を学んでいるの。夕くんと一緒に食べるものだから。夕くんにもしもの事がないように、ちゃんとお勉強しなくちゃ」
「そうなの……千夜さんは本当に夕君の事を大事に思っているのね」
「もちろん! だって私は、夕くんのお姉ちゃんですもの!」キラーン☆
 お姉ちゃんであることに並々ならぬ意欲を燃やすお姉ちゃんが光り輝いているようで。
 一方、そんな千夜の後ろ姿を居間から眺めている真人は、非常に悩ましい。
「(ふむ……悪い悪魔じゃなさそうな気もするけど……でも悪魔なんだよな)」
 悪魔の定義とはどんなものか。いろいろな悪魔がいるだろうから、一概には言えないだろうけど。
 少なくとも夕に対して害を及ぼす存在ではないと、そう納得していいだろうか……
 真人は思案して、台所の様子を楽し気に見つめている夕に声をかけた。
「……なあ、夕君。ちょっといいか?」
「あ、はい。なんでしょうか」
「実際のところさ、千夜さんと一緒に過ごしてみて、どんな感じなんだ?」
「どんな感じ……え、えっと……」
 夕は少し俯いて、自身の中にある気持ちを探って。
 おもむろに顔を上げた夕は、だが気恥ずかしそうに顔を伏せながら言った。
「えっと……あたたかい、です」
「ほうほう。〝あたたかい〟か……いやそれ答えになってないだろ」
「え? そ、そうですか? けっこう正しい表現だと思うんですけど……」
 夕は千夜の背中を見つめながら話を続ける。
「いきなりこんな話をしていいのかわかりませんけど……僕、一人だったんです。五歳の時に両親が事故で死んじゃって……」
「う……す、すまん。何か余計なところに触れたみたいでごめんなさい」
「いえ、大丈夫です! 昔の事ですから! もう慣れましたから! ちゃんと慣れて……独りに慣れたつもりで……でも、お姉ちゃんに初めて出会った時に思ったんです」
「……何を?」
「大事なものと引き換えに願い事を叶えてくれると言われて、僕はたぶん死んじゃうんだって思って……じゃあこの命と引き換えに何を望んだらいいだろうって、考えたら……僕が本当に欲しかったものが思い浮かんで……」
「それが、お姉ちゃん、か?」
 尋ねると、夕はとても恥ずかしそうに、だがはっきりと頷いた。
「千夜さんが僕のお姉ちゃんになってくれて、いろいろ大変なこともあるんですけど……でも、二人で一緒に過ごして、向かい合って、たくさん話をして……これが全部夢じゃなくて、本当に千夜さんがお姉ちゃんになってくれたんだって思うと……」
「心というか気持ちというか、とにかく、あたたかい、か……」
 真人が呟くと、夕はやっぱり恥ずかしそうに、それでもはっきりと頷く。
 夕の身の上を踏まえれば、千夜という姉が現れたことは救いであり、〝幸せ〟そのものなのだろう。
「(幸せ……確かにそうなのかもな……)」
 夕の態度を見ているとなおさらに思う。夕が千夜という姉を得たのは、幸福で幸運なこと。これ以上望むべくもないことだろう。
 ただ一つだけ。夕の願いが叶えられたということは、その対価は……
「あの、真人さん! 僕からも聞いていいですか!」
「お、おう?」
 夕がいきなり話しかけてきたので、考え事は中断だ。
「えっと、なんでしょうか?」
「さっき真々子さんから聞いたんですけど、真人さんと真々子さんは、一緒にゲームの世界に入って、親子で冒険しているんですよね。それってどんな感じなんですか?」
「どんな感じって、それは……」
 率直に言って。
「刑罰に等しい何かだな」きっぱり
「ええっ!? 刑罰なんですか!?」
 あながち間違っていないと、真人は正直に思う。
 早くに親を亡くしている夕の前で親の事を語るのは非常に気が引ける。それでなくとも母親の事をあれこれ話すのは気が引ける、というか、なんか嫌だ。十五歳の少年として嫌すぎる。
 その辺りの心情を踏まえて、それでも夕の問いに答えるとしたら。
「なんていうか……とにかくいきなりで、勝手にそんなことになってさ……ゲームの仕様が無茶すぎて、パワーバランスの設定が間違いまくってて、何より勇者である俺の扱いがおかしくて……」
「すごい! 真人さんって勇者なんですか!」
「あくまで職業な。ゲーム内での職業って意味で……でも、だったら俺こそが活躍するべきだろってところは、何から何まで全部母さんに持っていかれて……母親無双すぎて……くぅっ……もう泣けてくるわ……」ぐすん
「じゃ、じゃあ……不満なんですか?」
「そりゃもう! 満足より不満の方が百倍多い! ここまで子供満足度が低いゲームなんて他にねーよ!」
 なんて、勢い任せに叫んでみたものの、ちょっとだけ冷静に。素直に。
「あー……でもまあ、ちょっとだけ、あくまでちょっとだけな?……母親の事と、母親に対する自分の事で、気付かされることがあったりして……九十九パーセント最悪だけど、ほんの一パーセントくらいは、それほど悪くない何かがある……そんな感じかな」
「そうなんですか……」
「うん、まあ、そんな感じだ」
 果たしてこんな言い方でよかったのか。真人はそっと夕をうかがう。
 夕が、何かおかしな意味で親の事を考えずにいてくれたらいいのだが……
 と。
「夕くん、お待たせ! お姉ちゃんのおもてなしご飯ができたわよ!」
「マー君もお腹が減っているでしょう? たくさんあるから、どんどん食べてね」
 真人たちが話し込んでいるうちに料理が完成したようだ。皿を手にした千夜と真々子が居間にやってきた。それぞれ大切な人の隣に座って。
 食卓テーブルに並べられたのは夏野菜のチキンカレー。スパイシーな香辛料の香りと、バターでソテーされた夏野菜の芳醇な香りが容赦なく食欲をそそる。暑さを乗り切るエネルギーに満ちた、夏こそ食べたい最高の一品である。
 ルーの海の中でニンジンやジャガイモや肉の塊がもぞもぞ動いているように見えなくもないが、それは気のせいだ。きっと。たぶん。
 真人と夕のお腹が、揃ってぐぅ〜と鳴いた。
「おお……食材が食材だったから、どうなることかと思ったけど……」
「すごく美味しそうです! お姉ちゃん、すごいです!」
「嬉しい! 夕くんのその一言だけで、お姉ちゃんはもう幸せでいっぱいよ!」
「それじゃ食べましょうか。手を合わせて、いただきます」
 スプーン一杯に載せるカレーとご飯の対比はどの程度が正当なのか……なんてことはどうでもよくて、真人はとにかくチキンカレーを口の中に放り込んだ。
「うっめ! 何このカレー、うっめ! 野菜も肉もうっめ! なんだこれ!」
「でしょう? お母さんもね、味見させてもらったらすごく美味しくて驚いちゃったわ。……あ、ほらマー君。お母さんのお皿に大きなお肉があるから、マー君にあげるわね」
「え、いいのかよ。この肉めっちゃ美味しいぞ?」
「だってマー君に食べてもらいたいもの。お母さんにとっては、マー君が美味しそうにご飯を食べているところを見ることこそ、一番のご馳走よ。うふふ」
「子供の食べっぷりがご馳走とか、言ってる意味がわかんねーけど……母親ってそういうもんなのかね。んじゃまあ、とにかく遠慮なく」
 超絶美味しい肉を真々子からお譲りいただいて、真人は心地よい汗をかきながら、もう無我夢中で程よい辛さにがっつく……つもりだったのだが。
 向かいの席の様子がなんだか甘い。
「さあ夕くん。お姉ちゃんが食べさせてあげるわね。ほら、あーんして?」
「お、お姉ちゃん。大丈夫ですよ。僕は自分で食べられるから……」
「ダメよ。お姉ちゃんは弟にあーんってしてあげるものなの。だからね、ほら、あーん」
「え、えっと……じゃあ……あーん」
 夕が恥ずかしそうに口を開けると。
 千夜はカレーライスをすくったスプーンを持ったまま、夕をじーっと見つめて、うっとりしている。幸せすぎる顔してる。
「あの、お姉ちゃん?」
「……はっ! ごめんなさい! 夕くんの顔が可愛すぎて見惚れちゃっていたわ!」
 果てしない愛を感じる。
 スパイシーなチキンカレーすらも甘口に変えてしまいそうな雰囲気が漂って「それじゃマー君も。あーん」「結構です」こっちの母親が感化されて無茶しようとしてくるのできっぱり断って。食事に集中して。
 そんな時だった。少し離れた場所で、ピンポンパンポーンと音がした。
「あら? ねえマー君。なんの音かしら」
「いや知らんけど……向こうの部屋から聞こえたみたいだな……」
「えっと、テレビがある部屋の方ですね。つけっぱなしだったのかな……」
「じゃあお姉ちゃんが消してくるわね」
 千夜が席を立とうとすると、チャイムに続いて音声が聞こえてくる。
『突然ですが、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)よりお知らーせいたします』
 その声、さらに『お知らーせ』という独特な言い方を耳にして、「おい、まさか!」「マー君!」真人と真々子は慌てて立ち上がり、音声が聞こえてくる部屋に向かう。
 そしてテレビと向き合うと、画面には、とことん冷静な表情をした長い黒髪の女性が映し出されていて……
『これより、テレビの電波を利用して、不測の事態によってゲーム外に転送されてしまった親子の強制再転送を行います。全国のお茶の間の皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解いただきますようお願い申し上げます』
 テレビの中の女性がしれっと言い終わった途端、画面が眩しすぎる光を発した。
「ちょっ、いきなりかよ!」
「マー君! 今度こそ親子同時に行きましょうね!」
 真人の腕に、真々子がひしっとしがみついてきて、お母さんのとっても大きいのが遠慮なく当たって柔らかくて、とかそんなことより。
 二人は押し寄せてくる光の波に飲み込まれていく……
「どうかしたんですか……わわっ! これは!?」
「あら、何かおかしなことになっているわね」
「すまん! いきなりだけど、俺たちはまたゲームの中に戻る感じだから! えっと……ごちそうさまでした! マジ美味かったです!」
「洗い物のお手伝いができなくてごめんなさいね! 次に会った時は、今日のお礼をちゃんとさせてもらうわ! 二人とも元気でね! 暑い日が続きそうだけど、水分を……!」
 とっさに駆け付けた夕と千夜への挨拶を全て告げられないまま、真人と真々子は瞬く間に姿を消した。


 そうして、騒ぎが過ぎ去った室内。
 夕と千夜は二人並んで、静かにテレビを見つめている。
「真人さんと真々子さん……本当にゲームの中に戻っちゃったんでしょうか……」
「わからないけれど、きっとそうでしょう。……そしてまた親子で……」
 言いかけて、千夜は不意に口を閉じた。そのままテレビをじっと見つめている。ほんの少し唇を噛んで、黒い画面をただ見つめている。
 千夜が何を考えているのか、夕にはわからない。でも。
 純粋に、そうしたくて、夕は千夜の服をそっと掴んだ。
「お姉ちゃん」
 一言だけ、心から呼びかけると、千夜は夕の手に手を重ねてきた。
 夕はその手を握る。千夜も握り返してくれる。今はそれだけで充分な気がした。
 姉と弟がいて、セミの鳴き声が聞こえる、そんなある日の出来事だった。

 

< おわり >

 


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